このセカイに生きるのは君と僕。

 

 

 

 

「わぁ 素敵…!」

幾重にも包まれた薄紙のグラデーションの中から現れた、真珠色のドレスに、彼女は目を輝かせた。
その声色に滲む歓喜に、思わずはるかは笑みを零す。
少し薄暗い部屋のせいか、その服の上品な白さは窓から控えめに差し込んでくる光を集めて一層際だち、仄かに光を放っているようにすら見えた。
暫し声もなくうっとりと見入っていたうさぎは、そっと肩に置かれたはるかの手の温もりにふと我に返った。

「着てみない?」

少しトーンを抑えた、耳元で囁く声色はどこまでも甘く、じん、と痺れるような感覚を誘う。
半ば有無をいわせない響きを含んだその囁きに誰が抗えようか。






***






日は更に陰り、空にはうっすらと月が控えめに顔を覗かせ始める。
僅かな自然光が窓辺で遠慮がちに留まる、どこか退廃的ですらあるこの部屋には、窓の外に広がる世界とは異なる時間の流れが存在していた。
少し翳った室内に降り立った白い少女。
切り取られた世界の欠片に映し出されるのは、天使のヴィジョン。

ふとその背中に羽根を視た気がして、軽く目を眇める。



「そうしていると前世のお姫様を思い出すな」

「はるかさん…?」



綺麗な贈り物を纏って素直に喜ぶ少女は、自分をじっと見つめる熱いまなざしに気づくと戸惑う様に瞳を揺らした。
華奢なドレスのせいか、普段の元気いっぱいな印象より儚さのほうが強調されるようで、消えてしまわぬようにこの腕の中に閉じこめてしまいたくなる衝動に駆られる。

「あの頃、僕は君に触れることも叶わなかった…」


呟きと共に、はるかはゆっくりと右手をその柔らかそうな頬に伸ばした。指先が触れるか触れないかのところで一瞬躊躇ってから、緩やかに描かれた曲線をそっと手で包み込んだ。
大きく見張った目は今にもこぼれ落ちてしまいそうで。

――――ああ、そんな驚いた表情も可愛い。

ほんのりと薔薇色に染まった少女の頬はきめが細かく、確かな弾力を手のひら全体に返してくる。
そのまま頬から顎へ手を滑らせて唇をなぞり、首筋へと辿り着くと指先が髪に触れた。 驚くほど柔らかい。
そのまま指に髪を搦めて口づけを落とした。

「いつか、君のこの眩しい程の髪に、柔らかい肌に、触れてみたいと遠くから焦がれていたんだ…」

遠い彼方から―――



目を伏せて普段は眠らせている記憶を少しだけたぐり寄せる。
微かな痛みと共に胸によぎるのは孤独な世界。 心に秘めた、たった一人の姫君に存在を知って貰うことも叶わず。
それでもその大切な身を守れる事を寄る辺に使命を守っていたけれど。
まさか運命の輪が巡ったとはいえ、こんなに近くに在ることができるなんて…甘い吐息すら感じられるほどに。

 

「私は此処にいるよ、はるかさん」

とん、と感じた重みに目を開くと、金色の少女が胸の中にいた。 甘えるように、それでいて全てを包み込むような優しい微笑みを浮かべて、まっすぐに見上げている。 今の瞬間まで脳裏に映し出されていた、遠くから見つめるしか術がなかった淡い姿と、目の前にある温もりを伴う鮮やかな存在とのギャップに、はるかは一瞬瞠目する。 
幻か、とも思うが背中に回された手がやけにリアルに感じる。

「今、此処で、はるかさんの前にいるよ。私の心、聞こえるでしょ?」


成程、真珠色の薄い布地を通して鼓動が伝わってくる。
時の止まったこの部屋で、規則正しく、リズムを刻むこころ―――
柔らかなふくらみの下にある、確かな生の証。
自然と笑みが零れた。全く愛おしくて仕方がない。

「君は暖かいな…」

溢れ出る想いを抑えきれなくなって、首筋に顔を埋めて抱きしめた。壊さないように、大切に…。
例え叶わぬ想い、叶えてはいけない望みだとしても、
今、この瞬間―――音もない、世界から隔絶されたこの空間だけは―――

僕らの、為だけに。

 

 









 

「永遠に時が止まってしまえば良いのに」















そう、ぽつりと呟いたのはどちらなのか―――


















この腕に幸せはあるのに、この切なさは何故だろう。